約1年半かけて、やっと「奇跡講座」のワークブックが終わりました。やったー🙌
「奇跡講座」って何?って思われる方がほとんどだと思いますが、なかなか1事では説明できないので、ご興味を持たれた方は日本のサイトJACIMをご覧ください。
神とかキリストとか聖霊とかイエスとか奇跡とか、そんな言葉がバンバン出てきますけど、宗教勧誘のサイトでもなんでもございませんのでご安心下さい。
私たちはいろんな事件やらでやたらと宗教について偏見を持っているので、怖がります。怖がりすぎ。怖がるの超得意。
別に〇〇教信者にならなくても、何かを信じて生きてる訳じゃないですか。私なんかいっぱい信じてきた。心理学信者、メンタリストDaiGo信者、宇宙信者?ゲド戦記信者、今はクラフトビール信者、ヨガ信者とか、キリがない。
そんな形の一つが宗教であって、その世界の中での言葉が、神とかキリストとかって表現になってる訳です。
この「奇跡講座」は思想書とか哲学書とかそんな感じで読んだんですけど、すごくショッキングで、しかも妙な説得力があって「あー、私たちは本当に安心していいんだな!」って思わせてくれました。
時には厳しく、辛辣な言葉で。
時には優しく、まるっと包み込んでくれるように。
「大丈夫!大丈夫!なーんもせんで、安心して任せとけばいーとよ!!」
っていうことを、すっごい文字数かけて、せっせと語ってあるテキストと、さらに理解して腑に落としていく為のテーマを1日1つ365日1年かけて取り組むワークがあります。
そのワークブックを1年以上かけてやっと終えることができたんですね。
よく頑張りました。途中、嫌になってやめたくなる時もあったけど、結局やり通しました。
戻ってまたコツコツやるの。
一緒に学んだ仲間の力が大きかった。
ケンケンゴーゴー
あーでもないこーでもないと
議論したり、泣いたり、笑ったり、怒ったり。
そうやって、少しずつ、真の赦しへと近づいていけたんだなと
今、すごく思う。
みんなね、根っこが同じだった。
今、自分の中で起こっている漠然した恐怖、不安感、怒り、罪悪感なんかから解放されたいと。
そして、もうつくづく真の赦しの世界を信じることに目覚めたいと。
その一心でした。
最後のワークを読んでいる時、ふと浮かんだフレーズはやっぱり聖書の言葉だった。
「求めよ。さらば与えられん。」
そう、私たちはただ求めていたんだと思います。
求めないと与えられません。
求めないと与えられていることに気づきません。
求めたことで、今この瞬間、ここにいて、この言葉を綴っているに至ったこと。
これこそ、まさに神が仕組んだ奇跡のように感じられて、有難く、じんわり幸せです。
何かあったから
何かもらったから
何かしてくれたから
だから有難い感じとは違ってて
すでに与えられていたと
漠然とでも感じられること
それこそが感謝であって
それこそが奇跡なのかもしれない。
今はそんなこと考えてます。
「奇跡講座」のことをもっと知りたい方は遠慮なく聞いて下さいね〜❣️
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